のがいやで連れられて、私達まで何だか知らんが菊太は意くじのない男だと思う。斯んな様にして、家内の人数が多ければ多いほど、何だかいけすかない小作だ、と思う気持が大きくなって、男の気の早いのや息子でも居るとつい云わずとも良《い》い事まで云い、「ひやかし」の一つも云う様になってますます両方の間が不味《まず》くなるのであろう。
 祖母は、「私はもうこの年になって、小作男を泣かせても気持の悪いばかりだから、盆、暮に金をやるのを一度にやったと思って居るのさ」と云って居るから両方で荒い声なんか出す事は決してなかった。けれ共、どうしても願い通りにしてやればつけ上る気味がある。
 どうしたら小作がうまく上り、地主との気持が円く行くかと云う事は、よく考えるけれ共分らない。
 一番、小作をさせないのが良いのだろうけれ共、資産のない、他人の田を働いて生活して居る者は、それを取りあげられたら、この上なくひどい目に会う事になるからこまるし、又地主にした処で小作をさせなければ、家に下男を置いて作らせなければならない。それも、借すほどの田を一人では仕限《しき》れないから小作をさせるより却って手間と費用がかかるわけになる。
 小作男と地主とはどうしてもはなれられないものの様である。何にしろ、一方は取る方で一方は取られる方である。恐らく、年に二度収獲のある土地でも小作男はなろう事なら、一二俵はまけて慾しくて居るだろう。
 ほんとに何かうまい事が工夫されないと困ると思う。

   (四)[#「(四)」は縦中横]

 随分と骨に通る様に寒い風が吹く。
 家中で一番遅く起きた私は寝間着の上に、黒っぽい赤い裏の「どてら」みたいなものを着て、不精に手を袖の中にしっかりと包んで、台所の炉のわきに女中が湯をわかして呉れるのを待って居た。木の枝に火がついて立つ煙が目にしみてしみてたまらないので、
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「こんな煙っぽくっては眼に悪いねえ。
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と女中を見ると、崩れた薪をなおすために煙のまっただ中に首を突込んで何かして居る。こもった様な声で、
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「赤坊《やや》の時から、煙の中で乳すうて居ますだもの。眼が馬鹿になって居ますのだ。寒い朝ですない。風邪《かぜ》引きなさいますよ。
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 若い女中は、私の横顔を何か、さがし物でもする様に隅から隅ま
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