まり愚痴っぽいからでもあった。
 願い事――ほんとにそれは幾年も幾年も前から同じ願い事ばかりこの男は持って居た。小作男の願事と云えば云わずと知れた、米をまけて呉れである。
 此男は、いつもいつもその願い事をもって袷時分にはきっと来、来るたんびに皆に嫌われながらも自分の望をかなえて行く、馬鹿の様で馬鹿でない男であった。
 此の男のあずかって居た田は、そんなに悪い地ではないらしい。
 他の小作男に見つもらせても、小作米だけは不作でも十分あがる面積と質を持って居た。
 けれ共どうしたものか、毎年上るべきものが上らない。納めるものを納めないで自由な暮しをして居るかと思えばそうでもなく、甚助の家よりもっと酷《ひど》いと云う話を聞いて居る。
 行って見た事もないから、どうしてそんな事になるのか分りもしないけれ共、毎日毎日働いて居るのに取れる筈の米の取れないのは私達では不思議に思える。
 地主と小作人などはお互に都合の良い様に仕合ってうまく行きそうに思えるけれ共、実際は、なかなかそうは行かず、丁度、資本主と職工の様に絶えず不平と反抗的な気持が混《ま》じって居る。
 私は菊太の顔をみるとすぐ自分等が、菊太の子供達がいやがって居る地主だと云う感じが電《いなずま》の様に速く胸を横ぎって、たまらなく不愉快な、いやあな気持になった。
 何も、地主だから罪人だとか何とか云うのではないけれど、其の日は甚助の家の子供を見て来たので訳もなくいやな気持がしたのである。
 菊太の家の子供達も、あんなにして暮して居るのだろう。
 私達が行ったらどんな顔をするだろう。
 斯うした、貧しい、この頃の様に不作つづきの年では余計地主と小作人の感情の行き違いが多いのである。
 私はだまって菊太の話を聞こうとした。
 菊太は何でもない様なポカンとした顔をしてボソボソと低い声ではなす。
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「御隠居様、
 今年も亦思う通り実りがありませんない。
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 斯うして話は始まりいつはてしがつくかと思うほど長く長くつづくのである。
 菊太の出来るだけの弁舌を振って、彼方此方《あっちこっち》、実入《みいり》の悪かった田の例をあげる。
 処は何処で、何と云う名の小作人の田では去年の三ケ一ほか上らなかったとか、誰それの稲は無駄花ばっかりでねたのは少しほかなかったとか、そう云う事をあきるほど云
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