げ込む。けれ共、その細い、やせた体の神経の有りとあらゆるものを、鍋の中に行き来する箸の先に集めて居る小さい者達は、どうして兄の腹立たしい「たくらみ」を見逃すことが有ろう。
 子供達の心は、忽《たちま》ちの内《うち》に兄に対する憎しみの心で満ち満ちたものと見え、一番気の強そうな、額の大きな子が、とがった声で、
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「兄《あん》にい、己《おれ》にもよ。
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と云った。
 一番の兄は、自分の失敗に険しい目をして弟共をにらみながら次から次と出す椀の中になげたけれ共額の大きな子はまだきかない。
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「お前《めえ》の方が、ふとってらあ。
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と云って兄の膝の前の椀からその太った円《まある》い一片を箸の先に刺そうとした。
 いきなり、子供の頬に、かたい平手が飛んで、見て居る者の耳がキーンと云うほどいやな音をたてた。
 斯うして小さい人間共の争いは起って仕舞った。年上のものは力にまかせて小さいものを打ったり、突き飛ばしたり、小突いたりして、一言も声はたてず、いかにも自信の有るらしい様子をして小さいものに向って居る。
 兄弟の中半分が叫びつかれ、泣きつかれた時、いつとはなしに「喧嘩」はやんで仕舞った。一人が先ず始めて皆《みんな》がそれにつれられて働き出した「喧嘩」は一人がいやになると皆もいつとはなしにする気がなくなって仕舞うものである。
 各々《めいめい》が思い思いの処に立って、夢からさめたばかりの様に気抜けのした、手持ちぶさたな顔をして、今まで自分等のさわいで居た処を見て始めて、折角《せっかく》盛り分けた薯の椀の或るものはひっくりかえり、いつの間にか上った鶏が熱つそうに、あっちころがし、こっちへころがし仕《し》てこぼれた薯を突ついて居る。斯う云う、何とはなし重苦るしい手持ぶ沙汰《さた》、間の悪い沈黙を破ったのは、一番きかなかった額の大きな子であった。
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「己《おれ》食《く》うべえ。
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 一人何か仕だすと子供等は皆木の椀を取りあげて勝手にてんでんばらばらの方を向いて、或る者はしゃくりあげながら、或るものは爪でひっかかれた蚓《みみず》ばれをながめながら、味もそっけもない様に、ボソボソと食べ始めた。
 私のわきで婆さんも見て居たものと見えて、
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