じろぎをする。
 サヤサヤ……サヤサヤ……
 涼しいすがすがしい薫りが六の体のまわりに満ちわたった。
 足の下で山鳩が鳴く。
 カッコー……カッコー……
 しとやかな含み声の閑古鳥の声が、どこからか聞える。
 常春藤《きづた》が木の梢からのび上って見上げようとし、ところどころに咲く白百合は、キラキラ輝きながら手招きをする。
 六はもう、得意と嬉しさで有頂天になってしまった。
 世界中が俺の臣下《けらい》のように畏《かし》こまって並んでいる。
 今こうやって、鳥より楽に、素晴しく空を歩いている俺、たった一人のこの俺!
 スースー……スースー……
 王者になったような心持でいる六をのせて、綱はだんだん山奥へ入って行った。
 景色は次第次第に珍しく、不思議になって来る……
 周囲はますます静かにひそやかになって来る……
 六は急に飛びたくなった。飛びたく。
 あの雲の峯、あの……
 彼は思わず前へのめった。瞬間椅子は重心を失った。
 オミョオミョワラーー――ン……
 天地中が隅から隅まで、一どきに鳴り渡ると感じる間もなく、六の体は太陽の火粉のように、真下の森へ向って落ちて行った。……




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