に打たれる。
 大変ものやわらかに、品のいいような快さを感じるとともに、年に似合わない単純さに、罪のない愛情を感じて、尨毛《むくげ》だらけの耳朶《みみたぶ》を眺めながら自ずと微笑《ほほえ》まれるような心持になるのである。
 禰宜様宮田は至って無口である。
 どんな諷刺を云われようが、かつて一度も怒ったらしい顔さえしたことがないので、部落の者達は皆、
「ありゃあはあ変物《へんぶつ》だ」
と云う。その変物だという中には、間抜け、黙んまり棒、時によると馬鹿《こけ》かもしれないという意味が籠っている。
 真面目に働いても利口に立ちまわれないから、女房のお石が桑の売買、麦俵のかけ引きをする。彼女がするようにさせて、一口の小言も云わないので、お石は大抵の場合彼の存在を念頭に置かない。たまに、彼女の口から、
「とっさん」
という言葉が洩れるときは、きっと何か仕事がうまく行かなかったときとか、気がむしゃくしゃして、腹を立ててやる相手が必要なときに限られているといっても、決してそれが誇張ではないほど、彼の権威は微かであった。
「ヘッ! 俺《お》ら家《げ》のとっさんか……」
 他人の前でも、地面に唾を吐き
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