て思いがけない。
 おばあさんは、何だか滑稽なような、お礼を云うのも馬鹿らしいような気持になってしまった。
 そして、臆している彼の前にこの上ない優越感を抱きながら、お礼を云うのか命令しているのか、さほどの区別をつけられないような口調で息子の救われた感謝の意を述べた。
 私のようなものが、お前にお礼を云うのさえ、ほんとなら有難すぎることなのだという口吻《こうふん》が、ありありと言葉の端々に現われているけれども、禰宜様宮田はちっとも不当な態度だと思わなかったのみならず、彼女がほのめかす通り、お礼などを云われるのはもったいないことだと思っていたのである。
 お前さまは海老屋の御隠居であらっしゃる。そんにはあ俺あこげえな百姓づれだ。そこにもう絶対的な或るもの――禰宜様宮田にとってはこの上ない畏怖となって感じられた、両者の位置の懸隔――を認めることに、馴されきっているのである。
 何を云われても、彼はただハイ、ハイとお辞儀ばかりをした。
 一通り云うだけのことを云うと、年寄りはもったいぶった様子で、仰々しい金包みを出した。
 麗々と水引までかかっている包みを見ながら、禰宜様宮田は、途方に暮れた
前へ 次へ
全75ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング