摘み上げたような低い山々の上には、見事な吾妻富士の一帯が他に抽《ぬきん》でて聳《そび》えている。
色彩に乏しい北国の天地に、今雪解にかかっているこの山の姿ばかりは、まったく素晴らしい美しさをもって、あらゆるものの歎美の的となっているのである。
山は白銀である。
そして紺碧である。
頂に固く凍った雪の面は、太陽にまともから照らされて、眩ゆい銀色に輝きわたり、ややうすれた燻《いぶ》し銀の中腹から深い紺碧の山麓へとその余光を漂わせている。
遠目には見得ようもない地の襞、灌木の茂みに従って、同じ紺碧の色も、或るところはやや青味がちに、また或るところはくすんだ赤味をまして、驚くべき巧みな蔭のつけられてある麓の末は、その前へ一段低く連なった山の峯のうちへと消えている。
そして、静かな西風に連れて、来ては去る雲がその時々に山全体の色調にこの上なく複雑な変化を与える。
或るときは明るく、或るときは暗く、山はまるで生きているように見えた。
大きな楓《かえで》の樹蔭にあぐらをかき、釣糸を垂れながら禰宜様宮田はさっきから、これ等の美しい景色に我を忘れて見とれていたのである。
「まったくはあ、
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