ぎは、この上なくいやな、粗雑な感じを与えた。
始終落付のない、ここのがさつな騒動が、どこともなく町にも伝わって、往来に落葉などを散らせながら、立派な樹々が運ばれて行くのを見ると、皆互の癖になっている嘘つきから、平気そうな顔はしていても、何かしらが心の底で動く。
ああやって伐《き》るのは惜しいようだが、また自分の手で、あれほどの大木を伐り倒せたら、面白かろうなあ。
すっかりまるはだかにされた樹々が、一枚の葉さえないような太い枝を、ブッツリ中途から切られて、寒げに灰色の空に立つ様子。塒《ねぐら》を奪われた烏共が、夕方になると働いている者の頭の上に、高く低く飛び交いながら鳴くのなどをみると、禰宜様宮田は振り上げた斧も、つい下しかねた。
森中の木魂の歎息が、小波のように自分の胸にもよせて来て、彼は心が痛むような気持がした。
いくら木は口を利かないからといって、同じ生きているものを、こんなにむごたらしく、気の毒だとか可哀そうだとか思う方が馬鹿《こけ》だというようにして、まるで楽しみにでもしているように、バタンバタンと切り倒して行かないでも、どうにか成るのじゃあ、あるまいか、今まで幾百年かの間茂って立派だった森も、巣くっていた鳥共も、草もきのこも何も彼も、皆無くなしてしまったところへ、あんな古ぼけた一台や二台の自動車が馳けて行くからといって……そこにどんなにいいことがあるのだろう。
禰宜様宮田は、人があまり損得に夢中になっているので、却って上気《のぼ》せ上って自分にははっきり分る損得を、逆に取り違えているのではあるまいかなどとも想う。けれども、もちろん口に出しては一口も云う彼ではない。黙ってまるで蟻のように働く禰宜様宮田は、寄り集り者の仲間から、あっぱの宮田――唖《おし》の宮田――という綽名をつけられて、心さえ持ってはいない機械《からくり》、ちいっとばっか工合のええ機械のように、ただ泥づかりになって働くほか能のない人間だと思われていたのである。
森がだんだん開けて来る頃から、そろそろ冬籠りの季節になって来て、雪などに降りこめられた禰宜様宮田が町から請負って来た粗末な笊《ざる》だの蚕籠だのを編んだりするようになると、例年の通り町から、紡績工女募集の勧誘員が、部落の家々を戸別に訪問しはじめた。
紡績工場やモスリン工場へ、まだ十に手が届くか届かないような子まで、十年十五年と年期を入れて働きにやっては、いくらかの金を前借するのが、彼等の仲間にとっては、さほど恥ずべきことではない。
禰宜様宮田は、近所の誰彼が、
「まあ、へえ、よし坊は十円け? よっぱら割がええなあ、俺《お》らげんなあお前《めえ》んげと同じい年でも、いまちいっとやせえわ。
まちっと相場あ見てっと得したんだになあ」
などと云っているのをきいた。
もう十六と十三になっている彼の娘達は、勧誘員が来ると一緒に、そのさもいいことずくめらしい言葉から多大の好奇心をそそられた。
何というあても決心もない。
ただその多勢でそろいの着物を着て、唄をうたいながら糸をとるということがして見たいのである。
町の工場で働く。そこに何かここにいてはとうてい得られない名誉と幸福があるような気がする。
友達だった娘が行くことにきまったなどと、さも嬉しそうに誇らしげに告げると、二人は妙に後れちゃあ大事《おおごと》だという心持になって、こっそり納屋の蔭や、畑の隅で相談する。
大業に相談するとは云っていても、事柄は簡単なものである。
「さだちゃんよ。
こんねえだ俺ら、新やん家《げ》で聞いたけんど、工場さ行ぐと、毎日《めえんち》毎日《めえんち》牛《ぎゅう》ばっか食わして、衣裳までくれんだって……
俺らこげえな貧乏家にいるよら、何ぼかええと思うなあ。
お前《めえ》どう考《けんげ》える?
阿母《おっか》ちゃんさきいてんべえか……」
「ふんとになあ、
俺らも行ぎてえわ、姉ちゃん、
お前《めえ》と二人《ふたん》で行ぎあ、おっかねえこともあんめえもん……」
娘達は、このくらいのことを云ってしまうと、もう後に云うことも考えることもなくなるので、いかにも思案に耽っているようにお互に寄りかかり合って、黙ってはいるものの、妹のさだなどはいつの間にか、ほかの考えに気をとられて、何のためにこうやって立っているのか分らなくなるようなことさえあった。
彼女等が打ち開けかねているとき、母親のお石もまた、心のうちで同じことを考えながら、これもまた娘達に云いだしかねていた。
今のこのひどい中で二人の口が減ることだけさえ一方《ひとかた》ならないことだのに、その上いくらかは入っても来ようというものだ。
彼女等《あれら》だってまんざらの子供ではなし……
そう思っているところへ、娘達の方からどうぞ遣って下さい
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