銭を貰いたさに、普通一俵としてあるところを、二俵も背負っているので、そんなに力持ちでもない彼の肩はミシミシいうように痛い。
太い木の枝を杖に突いて、ポコポコ、ポコポコ破れた古鞋《ふるわらじ》の足元から砂煙りを立てながら歩いて来た禰宜様宮田は、とある堤に荷をもたせかけるようにしてホッと息を入れた。
さっき行った人足も、やはりここでこうやって休んだとみえて、枯れかけた草を押し伏せて白土の跡が真白く残っている。
滲み出した汗を拭きながら、彼はあたりを見まわした。
すべてが寂しい。
滅入《めい》るように静かな天地には、もうそろそろ冬の寒さが争われない勢を見せて、すがれた叢《くさむら》、音もなく落葉して行く木立の梢を包んで底冷えのする空気がそこともなく流れている。
やがては霜になろうとする霧が、泥絵具の茶と緑を混ぜて刷いたような山並みに淡く漂って、篩《ふる》いかけたような細かい日差しが向うにポツネンと立っている※[#「白/十」、第3水準1−88−64、240−20]角子《さいかち》の大木に絡みつき、茶色に大きい実は、莢《さや》のうちで乾いた種子をカラカラ、カラカラと風が渡る毎に侘しげに鳴りわたる。
ジジー――ジジー――……
地の底で思い出し思い出し鳴く虫の声を聞くともなく聞いていた禰宜様宮田の心のうちへは、また海老屋のことが浮んで来た。
「……なじょにしたらよかっぺえ……」
幾度考えたとて、徒に同じ埒の中を堂々廻りするほかない。
彼は駸々《しんしん》と滲み出して来る無量の淋しさと、頼りなさに、自分の身も心も溺れそうな気がした。
今までは自分の後にあって、目に見えぬ支えとなっていてくれた何か、何かの力が、もうすっかり自分を見捨てて独りぼっち取りのこしたまま、先へ先へと流れて行ってしまうような心持がする。
何も彼にもが過ぎて行く……。
グングン、グングンと何でも彼んでも、皆どっかへ飛んで行ってしまう……。
いたたまれないような孤独の感に打たれて、彼の魂は急に啜泣きを始めた。
空虚《からっぽ》が彼の心にも蝕んで来た。
彼の知らない涙が、あてどもなく凝視《みつ》めているあのいい眼から、糸を引くようにこぼれ出て、疎らな髯のうちへ消えて行った。
五
収穫の後始末もあらかた付いて、農民がいったいに暇になると、かねがね噂のあった或る新道の開拓が、いよいよ実行されることになった。
町の附近にあるK温泉へ、今までは危い坂道で俥も通れなかったのを、今度その反対の側の森を切り開いて、自動車の楽に通る路をつけようというのである。
募集された人夫の一人となった禰宜様宮田は、先ず森の伐採から着手することになった。白土運びをするより賃銭も高し、切り倒した樹木の小枝ぐらいは貰っても来られるという利益があったのである。
深く、暗く、鬱蒼《うっそう》として茂りに茂っている森は、次第次第に開けるにつれて粗雑にばかりなって来た町に、まったく唯一の尊い太古の遺物であった。
すべてがここでは幸福であった。
たくさんの鳥共も、這いまわる小虫等も、また春から秋にかけて、積った落葉の柔かく湿った懐から生れ出す、数知れない色と形の「きのこ」も差し交した枝々に守られて各自の生きられるだけの命を、喜び楽しむことが出来ていたのである。
けれども、にわかに荒くれた、彼等の仲間ではこんなに無慈悲で、不作法なものはなかった人間どもが、昔ながらの「仕合わせの領内」へ闖入《ちんにゅう》して来た。
そして大きな斧が容赦なく片端《かたっぱ》しから振われ始めたのである。
まだ生れて間もない、細くしなやかな稚木共は、一打ちの斧で、体じゅうを痛々しく震わせながら、音も立てずに倒れて行く。
思いがけない異変に驚く間もあらばこそ、鋭い刀を命の髄まで打ち込まれ打ち込まれした森の古老達は、悲しそうに頭を振り動かし、永年の睦まじかった友達に最後の一瞥を与えながら次から、次へと伐られてしまう。地響を立てて横たわる古い、苔や寄生木《やどりぎ》のついた幹に払われて、共に倒れる小さい生木の裂ける悲鳴。
小枝の折れるパチパチいう音に混って、
「南へよけろよーッ、南ー」
ドドーンとまたどこかで、かなり大きい一本が横たわる。
パカッカッ……カッパ……カッ……パカッカッ……。
せわしい斧の妙な合奏。
樵夫《きこり》の鈍い叫声に調子づけるように、泥がブヨブヨの森の端で、重荷に動きかねる木材を積んだ荷馬を、罵ったり苛責したりする鞭の音が鋭く響く。
ト思うと、日光の明るみに戸惑いした梟《ふくろう》を捕まえて、倒《さか》さまに羽根でぶらさげながら、陽気な若者がどこへか馳けて行く。
今まで、森はあんなに静かな穏やかなところと、誰の頭にもしみ込んでいるので、これ等の騒
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