、端々から腐り殺してやりたい! 祈り殺さずにおくものか!
手先はブルブル震えるし、どうやったらこのバサバサな藁が人形になるかも分らない。
いくらしても片端じから崩れたり解《ほぐ》れたりしてものにならない藁束に向って、彼女の満身の呪咀と怨言が際限もなく浴せかけられたのである。
引きちぎったり踏み躪《にじ》ったりした藁束を、憎さがあまって我ながら、どうしていいのか分らないように足蹴にしながら、水口まで来ると、お石は上り框《かまち》に突伏してオイオイ、オイオイと手放しで号泣した。怨んだとて、呪ったとて、海老屋の年寄にはどうせかないっこないのだということが、口でこそ強そうなことを云っていても、心にはちゃんと分っているから、お石は一層たまらない。
胸を掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12、238−3]《むし》られるような心持になりながら、娘達をつかまえては泣き出し近所の者に会っては怨みを並べている彼女の、厚みのないへこんだ額には、一日一日と皺が増えて、鼻のまわりに泣き皺が現われた。
もうまるで子供ではない娘達は、両親の苦痛は充分同情していた。
が、さてどうしたらいいのかということになると、彼女等は、ほとほと途方にくれてしまう。
そして、ごくごく単純な彼女等は私に遣らなければならないものなら、やったってよさそうなものだのに、……町へ行って奉公したって食っては行けるくらいに思っていた。
もちろん、親達の苦しんでいる様子に対して、それを口に出すことは、いかな彼女等でも出来なかったけれども自分等自身としてはそんなに辛くはなかった。
始終、心から離れない何か陰気な悲しいものがあると彼女等の感じていたのは、事件そのものの苦しさよりも、むしろ、大人達のように沈んで悲しく自分等を持して行かなければならないという感じが与えたものなのである。
「おめえんげでも、えれえこったなあ、まきちゃん」
「ああ……」
さも心を悩まされているように、ませた表情をして返事をしながら、実はそう云われても、とっさに何がえれえこったったのか心に浮ばないようなことさえあったのである。
いくら心の複雑でない禰宜様宮田だとても、子供等のように、そう単純に事を見て行くことは出来ないし、またそうかといって、お石のように、一目散に怨みこんではしまわせてくれないものを、自分のうちに持っていた。
人を怨んだり、憎がったりするなあ、はあ真当なこっちゃあねえ。
そう知りながら、恨めしいような心持や、憎らしいような心持が、忘れようとしても忘られず心にこびりついているから、彼はせつないのである。
もうやがて近々に別れなければならない、耕地を見歩きながら、このことを思う彼の眼には、いつでも止めるに止められない涙が湧き出して、大きい、あの子供らしい目が何も見えなくなってしまうのが常であった。
海老屋の御隠居……俺が田地……子供等……俺が死んだ後あ、はあ何じょって奴等あ暮してんべえ。そして、あの海老屋の若者を救い上げたときの歓《うれ》しさを思い出すと、彼は全く堪らなくなる。
今はもう、皆どこさかぶっとんで行ってしまったあのときのあんなに仕合わせだった心持を思い出すと、それが追憶である故に――これから二度と会うことの出来ない、昔の思い出であるために――一層慕わしく、なつかしく胸を揺られる。
こういう原因《もと》に「それ」がなったのだと思うと、ほんとに何とも云えない心持がして来るのである。
一思いに、あのときの「その喜び」も何も、皆怨みや憎しみで塗り潰してしまえれば、それは却って結構かもしれない。
が、そうはならない。今の苦しさが強ければ強いほど、あのときの思い出は、はっきりと、あのときのままの新しさをもって浮み出して来る。あのときの通り明るく、暖く歎いて行く自分を迎えてくれるのである。
それがたまらない。
彼の心は、ただ土地が惜しい、年寄りの仕打ちが恨めしいというばかりではない、あのときの、あの歓びを憶い起すに耐えないような心持が――それだのにまた、憶い出さずにはいられない一見矛盾した感情が、自分でどう自分を処していいか分らないように湧き上る。
生活の基礎が、ぐらついている不安、家族の者共に対する愛情、真当な何物かに対する憧憬等が、彼には一つ一つこういう風な区別をつけられていないだけ、それだけ混雑したひとしお悩ましい心持になって、彼等の言葉で云う心配負《しんぺえま》けにとっつかれた状態にあったのである。
重い白土の俵を背負って、今日も禰宜様宮田は、急な坂道を転がりそうにして下りて来た。
窮した彼は、近所の山から掘り出す白土――米を搗《つ》くときに混ぜたり、磨き粉に使ったりする白い泥――を、町の入口まで運搬する人足になっていたのである。
できるだけ賃
前へ
次へ
全19ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング