なこったと云っていられるお石の心持を半ば驚きながら、彼はいろいろと云い訳の言葉などを考えた。
あの年寄がこんなことを願いに行ったときいたばかりで、何と云うかと思っただけでさえ、足の竦《すく》むような気のする彼は、せめてものお詫びのしるしにと、新らしい冬菜《とうな》をたくさん車にのせて、おずおずと出かけて行ったのである。
台所の土間に土下座をするようにして、顔もあげ得ずまごつきながら、四俵のはずのところを二俵で勘弁してくれと云う禰宜様宮田を、上の板の間に蹲踞《しゃが》んで見下していた年寄りは、思わず、
「フム、フム」
とおかしな音をたてて鼻を鳴らしたほど、いい御機嫌であった。
いくら平気でいるように見せかけても、あらそわれない微笑が、ともすれば口元に渦巻いて、心が若い娘のようにはねまわった。
彼女の計画はこうなって来なければならないのだ。
こうなると、ああなって、そういう風にさえなると……。
いろいろな意味において快く承知した年寄りは、負けてやる二俵分を現金に換算して禰宜様宮田に借用証文を作らせながら、ちょうど若い人がこれから出来ようとする気に入りの着物の模様、着て引き立った美くしい自分の姿及び驚きの目を見張るそんな着物を作られない者達のことごとを想像する通りに、そわそわと弾力のある心持で順々に実現されて来る計画に心酔したようになっていたのであった。
それから三年の間、膏汗《あぶらあせ》を搾るようにして続けた禰宜様宮田の努力に対して、報われたものはただ徒に嵩《かさ》んで行く借金ばかりであった。
今年こそはとたくさんの肥料を与えれば、期待した半分の収穫もなくて、町の肥料問屋へも、海老屋へも、どうしようもなくて願った借金が殖えて行く。
今までは、貧しくこそあれ一文の貸しもない代りに、また借りもなく、家内中の者が家内中の手で暮していられた彼等の生活には、絶えずジリジリと生身に喰いこんで来る重い重い枷《かせ》が掛けられた。
どうにかしてはずしたい。
何とかして元の身軽さに戻りたい。
一生懸命にもがけばもがくほど、枷はしっかりと食いこんで来るように、僅かの機会でも利用して借金も軽め生活も楽にさせたいとあせればあせるほど、経済は四離滅裂になって来る。
ガタガタになり始めた隅々から、貧しさは止度もなく流れこんで、哀れな小さい箱舟を、一寸二寸と、暗い、寒い、目のないものが棲んでいるどん底へと押し沈めかけていたのである。
ところへ、五年目に起った大不作は彼等一族を、まったく困憊《こんぱい》の極まで追いつめてしまった。
恐ろしい螟虫《ずいむし》の襲撃に会った上、水にまで反《そむ》かれた稲は、絶望された田の乾からびた泥の上に、一本一本と倒れて、やがては腐って行く。
豊かな、喜びの秋が他の耕地耕地を訪れるとき、禰宜様宮田のところへは、何が来てくれたのか。
息もつけない恐怖である。逼迫《ひっぱく》である。
愚痴を並べ、苦情を云っていられるうちは、貧乏の部には入らないという、そのほんとの「空虚《からっぽ》」が来たのである。
空虚な俺等《おら》……。
蓄わえた穀物はなくなるのに、何を買う金もない。何で親子五人の命をつないで行ったらいいのだろう?
そこへ、海老屋ではまたも難題を持ちかけて来た。
一俵の米もよこされない。それじゃあすまないから、今まで貸してやっていた金を、暮まで待つから全部返済しろと云うのである。
食うや食わずで、たださえ生きるか死ぬかの今、無断で一割の利まで加えた百円以上のものを、どうして返せるだろう。
金で返せない? それなら仕方がない、土地を差押えるぞ!
これが海老屋の年寄りの奥の手であった。
最初からこうまでするように、彼女の妙法様はお指図下すったのである。
現在海老屋の所有となっている広大な土地は、全部こういう風な詭計を用いて奪ったのだと云うことは、決して単にそねみ半分の悪口ばかりだとはいえない。
そんなことをするに、ちっとも可哀そうだとも、恥かしいとも思わないだけ、充分に彼女の心は強かったのである。
そして、またその驚くべき強い心に、この上ない誇りを感じている彼女は、何も自分の持っている力を引込ませて置く必要は認めなかった。
何のために虎は、あんな牙を持っているかね、弱い人間や獣を食うためじゃあないか、私の生れつきだってそれと同じなのだ。それでもうすっかり彼女は安んじていられたのである。
今度も彼女は、自分の天稟《てんぴん》に我ながら満足しずにはいられなかった。
もうここまで漕ぎ付ければ、後はひとりでに自分の懐に入って来るほかないいくらかの土地を思うと、優勝の戦士がやがて来る月桂冠を待つときのような心持にならざるを得なかった。
比類ない自分の精力と手腕をもってすれば、こ
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