快さが一杯になっているのである。
何にも知らない獲物は、平気で頓間《とんま》な顔付きをしながら、ノソノソ、ノソノソとだんだん落しに近づいて来る……。
そのとき猟人の胸に満ちる、緊張した原始的な嬉しさが、そのまま今年寄りに活気を与えて、何だか絶えずそわそわしている彼女は、きっとこういうときほか出ないものになっている無駄口をきいたり、下らないことに大笑いをして、
「ヘッ、馬鹿野郎が!」
などとつぶやく。
その馬鹿野郎というのは、決して憎しみや、侮蔑から作男共に向って云われたのではない。
これからそろそろと御意なりに落しにかかろうとする獲物に対する非常に粗野な残酷な愛情に似た一種の感情の発露なのである。
年寄りは、着々成功しかかる自分の計画の巧さに、我ながら勢《きおい》立ってますます元気よく朝から晩まで、馳けずりまわって働いていたのである。
三度まで無駄足を踏ませられても、怒る様子もないばかりか、使をよこすのを止めようともしない……。
さすがの禰宜様宮田も、またさすがのお石も、少し妙な気がした。
いったいまあどうしたことじゃい!
漠然とした疑惑が起らないではなかったが、禰宜様宮田は、そういう心持を自分で自分の心に恥じていた。
どこに、自分等の大切な家族の一員の命を救ってくれたものに対して、悪い返報をするもの、また出来るものがいるだろう。
浅間しい疑を抱く自分を彼はひそかに赤面しながら、どこまでも、親切ずくのこととして信じようとしていたのである。
けれども、四度目に来たとき、海老屋の番頭はもう断わられて帰るような、そんななまやさしいものではなくなった。
彼はほんとの用向――年寄りの計画の第一部――を持って現われたのである。
今までとは打って変って高圧的な口調で、番頭は先ず隠居が大変立腹していること。こんなに手を換え、品をかえて何か遣ろうとするのにきかないのは、何か思惑があるのじゃあないか、一旦自分で突落した若旦那をまた自分で助けて来でもして、こちらで上げようとしているものより何かほかのものに望みを置いているのじゃあないかと思っていなさると、云った。
それを聞いて、真先に怒鳴り出したのはお石である。
憤りでブルブルと声を震わせ、吃《ども》りながら、番頭の前へずり出して噛みつくように叫んだ。
「云う事うにもことう欠《け》えて、まあ何《あ》んたらことう吐《こ》くだ!
何ぼうはあ貧乏してても、もとあ歴《れっき》として禰宜様の家柄でからに、人に後指一本差さっちゃことのねえとっさん捕《つか》めえてよくもよくも……
よくもよくもそげえな法体《ほでえ》もねえことを吐かしてけつかる!
何ぼうはあ」
真青な顔をして、あの黒子《ほくろ》を震わせていた禰宜様宮田は、気を兼ねるように、猛り立つお石の袂を引っぱった。が彼女はもう止められないほど気が立っている。
邪慳《じゃけん》に彼の手を払いのけるとまた一にじり膝行《いざ》り出て、
「何ぼう、はあ金持だあ、海老屋の婆さまだあと、偉れえことうほぜえても、容赦なんかしるもんけ!
祈り殺してくれっから、ほんに、
俺らほんにごせぇひれる!」
と一息に怒鳴ると、発作的に泣き始めた。
禰宜様宮田は、すっかりまごついた。当惑した。
云わなければならないことがたくさん喉元まで込み上げて来ている。
けれども、どうしても言葉にまとまらない。何とか云わなければならないと思う心が強くなればなるほど、彼の舌が強《こわ》ばって、口の奥に堅くなってしまう。
彼は徒《いたずら》に手拭を握った両手を動かしながら、訴えるような眼をあげて油を今注いだ車輪のようによく廻る番頭の口元を眺めた。
「まあまあそんなにお怒んなさんな、
御隠居だって、無理もないんだ。ああやってせっかく気を揉《も》んで使をよこすと、片っ端からいらないいらないじゃあ、誰にしろいい心持あしないもんです。
あんまり勝手がすぎると、ついそこまで考えるのも、年寄りにゃあ有勝ちのこった。ねえ。
せっかくこちらも、こうやって決してそんな気はなくているものを、御隠居にそうとられるというなあ、全くのところ損どころの話じゃあない。察しまさあ、だから今度あおとなしく御隠居の志を通しなさい、ね、そうすりゃあ決して悪いこたあない」
最後の「御褒美」として、今明いている十三俵上りの田を十俵に就き三俵で貸そう。これまで云って聞かなければどうしても、御隠居の疑いを事実と認めるほかないと云うのである。
あんまりひどい!
あんまり云いがかりも過ぎている。こんな難題がどこにあろう。
禰宜様宮田は、何か一言二言云おうとして口を開いた。が、あせる唇の上で言葉になるはずの音が切れ切れに吃るばかりで、ようよう順序立てて云おうとしたことは忽ち、めちゃめちゃに乱
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