して、毎日顔を合わせ、いるにきまったものとなっていたときは、別にそう大していないときの淋しさも思わず、また彼女等が家庭生活にどれほどのうるおいを与えているかも、気づかなかった。
 けれども、いなくなって見ると、一種異様の淋しさと物足りなさがある。
 ちょうど、絶えまなく溢れ出していた窓下の噴水が、急にパタリと止まってしまったときに感じる通りの心持――何でもなく耳馴れていたお喋り、高い笑声が聞えない今となると、たまらなく尊い愛くるしい響をもって、記憶のうちに蘇返るのである。
 どことなく丸味のついて来た体を、前や後にゆすぶりながら、僅かなことにも大笑いする娘達がいなくなってから家中は、何という活気に乏しくなったことか……。
 土間の隅や、納屋に転がっている赤勝ちの古下駄や、何かの折に出る古着などを見ると、禰宜様宮田は、字を知らないので手紙をよこせない娘達に、どうぞ仕合せが廻《めぐ》って来ますように祈らずにはいられなかったのである。
 禰宜様宮田は、いつもの通り地面を掘っていた。
 五間幅の道路は、三四町まっすぐに延びて、一つ大きくカーブしたところから、ダラダラ坂になって、ズーッと下の温泉の中央まで導かれるはずなのである。
 もうそろそろ昼頃かと思う時刻になると、彼の仲間として一かたまりになっている七八人の者の中の一人が、
「とっさん頼むぞ、
 飯《まんま》の茶あ沸かしてくんな」
と、云って後の方に鍬を振っている禰宜様宮田を振り返った。
「ふんとに、はあ昼だんべ、
 とっさんよ!」
 禰宜様宮田は、穢《きた》ない小屋掛けへ戻って行った。そして大きなバケツを下げて、足袋の中でかじかむ足を引きずりながら小一町ある小川まで水を汲みに行く。
 これは毎日の彼のお役目にされてしまったのである。
 あっぱの宮田は、ほんとにはあ機械《からくり》同然だ。何をしても憤らなきゃあ、小言も云わない。頼むぞと云いさえすりゃあ否《いや》と云えねえ爺さまだ。
 強い者勝ち、口の先だけでも偉そうな気焔を吐く者が尊ばれるこういう仲間では、黙って何でも辛棒する禰宜様宮田は、一種の侮蔑を受ける。彼の美点であり、弱点である正直などこまでも控目勝ちなところを彼等は、どしどしと利用するのである。
 利用するとまではっきり意識しないでも、皆があまりぞっとしないことを、禰宜様宮田のところへさえ持って行けば遣ってくれ
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