五年と年期を入れて働きにやっては、いくらかの金を前借するのが、彼等の仲間にとっては、さほど恥ずべきことではない。
 禰宜様宮田は、近所の誰彼が、
「まあ、へえ、よし坊は十円け? よっぱら割がええなあ、俺《お》らげんなあお前《めえ》んげと同じい年でも、いまちいっとやせえわ。
 まちっと相場あ見てっと得したんだになあ」
などと云っているのをきいた。
 もう十六と十三になっている彼の娘達は、勧誘員が来ると一緒に、そのさもいいことずくめらしい言葉から多大の好奇心をそそられた。
 何というあても決心もない。
 ただその多勢でそろいの着物を着て、唄をうたいながら糸をとるということがして見たいのである。
 町の工場で働く。そこに何かここにいてはとうてい得られない名誉と幸福があるような気がする。
 友達だった娘が行くことにきまったなどと、さも嬉しそうに誇らしげに告げると、二人は妙に後れちゃあ大事《おおごと》だという心持になって、こっそり納屋の蔭や、畑の隅で相談する。
 大業に相談するとは云っていても、事柄は簡単なものである。
「さだちゃんよ。
 こんねえだ俺ら、新やん家《げ》で聞いたけんど、工場さ行ぐと、毎日《めえんち》毎日《めえんち》牛《ぎゅう》ばっか食わして、衣裳までくれんだって……
 俺らこげえな貧乏家にいるよら、何ぼかええと思うなあ。
 お前《めえ》どう考《けんげ》える?
 阿母《おっか》ちゃんさきいてんべえか……」
「ふんとになあ、
 俺らも行ぎてえわ、姉ちゃん、
 お前《めえ》と二人《ふたん》で行ぎあ、おっかねえこともあんめえもん……」
 娘達は、このくらいのことを云ってしまうと、もう後に云うことも考えることもなくなるので、いかにも思案に耽っているようにお互に寄りかかり合って、黙ってはいるものの、妹のさだなどはいつの間にか、ほかの考えに気をとられて、何のためにこうやって立っているのか分らなくなるようなことさえあった。
 彼女等が打ち開けかねているとき、母親のお石もまた、心のうちで同じことを考えながら、これもまた娘達に云いだしかねていた。
 今のこのひどい中で二人の口が減ることだけさえ一方《ひとかた》ならないことだのに、その上いくらかは入っても来ようというものだ。
 彼女等《あれら》だってまんざらの子供ではなし……
 そう思っているところへ、娘達の方からどうぞ遣って下さい
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