偉えもんだ……」
彼は思わずもつぶやく。
そして、自分の囲りにある物という物すべてから、いきいきとして、真当《まっとう》なあらたかな気が立ち上って来るように感じたのである。
一本の樹でもどんな小さな草でもが皆創られた通りに生きている。
背の低いものは低いように、高いものはまた高いもののようにお互にしっくりと工合よく、仲よさそうに生きているのを見ると、何によらず彼は、
「はあ、真当なことだ」
と思う。
そしてどことなく心がのびのびと楽しくなって、彼のいつも遠慮深そうに瞬いている、大きい子供らしい眼の底には、小さい水銀の玉のような微かな輝やきが湧くのである。
いったい彼の顔は、大変人の注意をひく。
利口そうだというのでもなければ雄々しいというのではもとよりない。
東北の農民に共通な四角ばって、頬骨の突出た骨相を彼も持ってはいるのだけれども、五十にやがて手が届こうとしている男だなどとはどうしても思えないほど若々しく真黒な瞳を慎ましく、けれどもちゃんと相手の顔に向けて、下瞼の大きな黒子《ほくろ》を震わせながら、丁寧に口を利く彼の顔を見ると、誰でもフトここらでは滅多に受けない感じに打たれる。
大変ものやわらかに、品のいいような快さを感じるとともに、年に似合わない単純さに、罪のない愛情を感じて、尨毛《むくげ》だらけの耳朶《みみたぶ》を眺めながら自ずと微笑《ほほえ》まれるような心持になるのである。
禰宜様宮田は至って無口である。
どんな諷刺を云われようが、かつて一度も怒ったらしい顔さえしたことがないので、部落の者達は皆、
「ありゃあはあ変物《へんぶつ》だ」
と云う。その変物だという中には、間抜け、黙んまり棒、時によると馬鹿《こけ》かもしれないという意味が籠っている。
真面目に働いても利口に立ちまわれないから、女房のお石が桑の売買、麦俵のかけ引きをする。彼女がするようにさせて、一口の小言も云わないので、お石は大抵の場合彼の存在を念頭に置かない。たまに、彼女の口から、
「とっさん」
という言葉が洩れるときは、きっと何か仕事がうまく行かなかったときとか、気がむしゃくしゃして、腹を立ててやる相手が必要なときに限られているといっても、決してそれが誇張ではないほど、彼の権威は微かであった。
「ヘッ! 俺《お》ら家《げ》のとっさんか……」
他人の前でも、地面に唾を吐き
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