、瀕死の鳥が羽摶く通りに身をもがくマーガレットの、恐怖と哀願と、そして極度の憤怒にかきむしられたような顔を眺めた。それを見ると、彼は、何でもかでも、マーガレットが、彼女の全生命で感じている、そのことを、きっかりと一つの間違いもなく自分の心に感じているのを感じた。今死のうとする眼と眼が、かっちりと火花を散らして結び合った。
「死ぬもんか! 馬鹿!」
 どうして、ここで死ななければならないのか? どうして死から逃れるか? そんなことが問題ではなかった。ただ反抗である。彼女の悪霊のようなもの凄い相貌から、彼の魂へと、裸形《はだか》で踊り込む生の、飢渇のような欲求である。彼女を馳り立てるが故に、彼女も馳り立てずには置かない本能の爆発である。死んで堪るもんか、死ぬもんか、何だ! 馬鹿、畜生! 悪魔!
 Wはいきなり拳を振って弾機《ばね》のように空中へ飛び上った。と同時に、叩きつけるように、地面へ落ちて、知覚を失ったマージーの体に、喰いつくように掴みかかると、決然と、あたかも宣告を下すように、
 “No! sir”
と叫んだ。
 この瞬間、彼の心を満したものは、決して、愛する妻を独り死なせるに堪え
前へ 次へ
全19ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング