男は車屋に払い私の荷物を運んで行った。
目がくらくらする様な気になりながら私は一番奥に居る事だと思ったので西洋間へ速《はや》い足どりで入った。と、私は棒立ちに立ちすくんでしまった。それと同時に止めても止らない涙がスルスルスルスルと頬をながれ下った。まあ何と云う事だろう。
一番先に私の眼にふれたのは沢山ならんだ薬瓶でその次には二人の医者、両親と女達にかこまれて居る私の妹は一番最後に目に入ったほど大切に取りまかれ、大切にとりまかれるほど悪く悲しまれて居た。
パアッと瞳の開いた輝のない眼、青白い頬、力ない唇、苦しさに細い育ちきれない素なおな胸が荒く波立って、或る偉大なものに身も心もなげ出した様に絶望的な妹の顔を一目見た時――おおあの時の恐ろしさ、悲しさ、いかほど年月を経るとも、私に生のあるかぎりは必ずあの顔を忘れる事はあるまい。
どうして忘られ様、可哀そうな。
母は私の顔を静かに見あげて妹にその視線を向けた。取り乱さない様子――強いて気を落つけて居る母の顔にはいかにも苦しそうな表情があった。
私はまっすぐに一人では立って居られない様になった。
顔の筋肉の痙攣につれて無意識にした
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