のも無駄になった。
この次又あれを着せてもらう妹は出来ないだろう。誰にやったらよかろう。
着られるのを大変たのしんで居たのに。
妹のなくなる時の熱は四十二度だった。
四十度少しの熱で人事不省になった私の事を思えば命をとられるのも無理はない熱である。お腹が悪いばっかりにそんな熱が出ようとも思われないほどだ。身内を流れて居る血が湧き返って居る様だろうと思う。段々迫って来る「死」に抗って争う「生」が燃える様な熱を身内に起して、それが力つきて下り坂になった時、「死」はますますその暴威をたくましゅうする。
皮と肉との目に見えない中に起るこの世の中で一番大きな争闘があんなに静かに何の音も叫びもなく行われ様とは思いも寄らない事である。
人間同志の闘も心と心の争いも沈黙と静寂の裡に行われるものほど偉大に力強く恐ろしいものなのであろう。沈黙の人間と争闘と死は恐ろしいものである。
死顔に差す光線は糸蝋のまたたくのと暁の水の様な色が最もまるで反対に良い。
黄金色の繁くまたたく光線にくっきりと紫色の輪廓をとって横わって居る姿は神秘的なはでやかさをもって居る。
うす灰色から次第次第に覚めて
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