きで胸の中に両手を突き入れる事などは亡くなる少し前からちょくちょくして居た。
 小さい丸い手で髪をさすったり顔をいじったりした揚句首にその手をからめて、自分の小さい躰に抱きしめて呉れた思い出はどんなに私を悲しい心にさせる事だろう。
 私は大変なつかしがって居て呉れた事は兄達に怒られる毎に泣きながら私の名を呼んだのでもわかる。
 私の心を今でもかきむしるのは私のもう一つの名をつけて呉れたのはこの妹である事である。
 自分は中條華子と云う、私は(中條で)自分の姉だからねえちゃんと呼びならして居たから「中條ね」であると云って「中條ね」「中條ね」と笑いながら云って居た。わけをきかなければなかなかわけの分らない名でありながら私はこの名を低く口に繰返して不思議にむせび泣く様な気持になる。
 只、その名をつけて呉れた妹を失ったと云うばかりで私の心はなげくのである。
 今斯うしてせわしい時をいとう事もなく悲しかった時の事をその事によって得た心持を書き記す事をするのも何と云う心が私に斯うさせるのであろう。
 皆骨肉のあやしい愛情が私の手にペンをとらせ文字を綴らせるのではないか。
 只一人の妹を失った姉の
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