の名を呼んで呉れたらすべての苦しみは忘られ様ものを。
幾多の人に供えられる玉串はうず高くつまれて式は終った。一つ一つ涙を誘う祭詞の響は今も尚私の胸に残って居る。
二親と同胞に囲まれて柩は門を出た。
私はせめてもの心やりにそれに手を持ちそえて美くしい塗の私のたった一人の妹を送るにふさわしい柩車に乗せた。
私達もすぐ後の馬車に乗った。
静々と車はきしり出す。声もなく、うなだれて見送人達の心よ。
見えがくれする金《きん》金具の車の裡に妹が居ると思えば不思議な淋しさと安らかな気持が渦巻き返る。
雨の裡を行く私の妹の柩。
たった一人立ちどまって頭を下げて呉れた人のあったのがどれほど私の胸に有難く感ぜられた事だろう。
ぬかるみの道を妹の柩について、私は世界のはてまで行くのでは有るまいかと思った。
長くもあり又短かくもある道を青山についた時時間はまだかなり早かった。
涙をこぼしてはならないと自らいましめる様な言葉が胸に浮んで地の中にめり込みそうな気持になりながら一滴の涙さえ頬には流さなかった。
祭官の祭詞を読む間も御玉串を供える時にも喪主になった私はいろいろの事を誰よりも一番
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