影が刻々と迫りつつあると知った時はどんな気持だろう。実に「生」を求める激しい欲望に満ち満ちて居る。
過去の追憶は矢の様に心をかすめて次々にと現われる嬉しい悲しい思い出はいかほどこの世を去りがたくさせる事だろう。
或る苦痛を感じて死の来るべき事を知った心も我々が思う事は出来ない複雑な物哀れなものである。
厳かな死の手に、かすかに残った生のはげしく争う辛いはかない努力もしず、すなおにスンなりとその手に抱かれた――抱かれる事の出来たのは動かせない幸福な事である。
悲しい死によって美化された幼児の顔はこの上なく尊げなものである。
白蝋の様な頬の色、思い深い紅に閉された小さい唇の上に表れた死の姿は実に不可思議なものに見える。今まじまじと目の前に表れ出た頬のない美くしさ、冷やかさを持って居る死は私の心にまた謎の種をおろして行く。今まで仕様事なしに私の貧しい知識の知れる限りで死の事を考えて居た心に又一つ新らしい考える気持を落して行く。
死に対する新たなるしかも大変強い恐れとその美化する力の大なるために起る不思議な危い魅力とがかたまって一つの私には解けない謎の様なものになって来る。生みの力
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