さに震きながらも私は又元の悲しみの世界に引きもどされた。眼にはいかなる力を以ても争う事の出来ない絶大の権利をあくまで冷静に利用する神の影がさして、唇は開き、生の焔は今消ゆるかとばかりかすかにゆらめいて居る。
私はあまりの事にその手を取る事はどうしても出来なかった。破けそうな胸を両手で押えて氷って行く様な気持で消えて行く生を見守った。立ったまま。
まぶたは優しい母親の指で静かになで下げられ口は長年仕えた女の手で差《ささ》えられて居る。多くの女達は冷たい幼児の手を取って自分の頬にすりつけながら声をあげて泣いて居る。啜り泣きの声と吐息の満ちた中に私は只化石した様に立って居る。
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「何か奇蹟が表われる事だろう。
残されて歎く両親のため同胞のために。
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奇蹟も表われなかった。
遠い潮鳴りの様に聞いた啜りなきの声もそれをきき分けて自分の立って居るのを何処だと知った時――
涙は新に頬を走り下り、歎かいは新に蘇った力をもって、私の心をかきむしる。
幼ない五つのたった一人の私の妹よ、
何処へ逝ったの。
美くしく優しく長《とこ》しなえにもだし
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