耳鳴りのため、話は半分位ほか、私の頭に入らなかった。胸には数多の注射のあとがあった、どんなに苦しかったんだろう。
まああの小さな体で居て、情ない。
私は袴をぬいで帯を結び足元に女中は泣き伏して自分がうっかりして居たばっかりにとんでもない事になって仕舞って何とも申しわけがございません、と云ったけれ共、私はそれをとがめる気も怒る気もしなかった。それほど私の心は悲しみに満ちて居た。
私が家に帰ったのは三時半であった。
何をしていいのか私には分らない様になって仕舞ったので只妹の枕元に座って小さな手を握って喉の奥に痰がからまってぜえぜえ云う音をきいたり苦しいためか身もだえする手を押えたり気が遠くなるほど苦しい刻一刻を過した。
注射も今は只束の間の命を延ばして行くはかない仕事になって息は益々苦しく小さい眼はすべての望を失った色に輝いて来た。
涙も出ない、声も出ない。
私の魂はこのかすかな生を漸う保って居る哀れな妹の上にのみ宿って供に呼吸し共に喘いで居る。
私の手の中に刻々に冷えまさる小さい五本の指よ、神様!
私はたまらなくなった。
酔った様に部屋を出た。行く処もない。私は恐ろし
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