の気持はまるで一変して仕舞った。
今は何事も、可愛らしくなつかしく思い出す。
生かして置きたかったと云う心は誰の心にでも湧き立って居るのである。
涙によって一変した人々の心のいつまでも変らずに有る様に――
けれ共それは親同胞でなければ出来得る事ではないだろう。
或る一つの事によって変じた人の心ほど不思議なものはない。又変じ得る人の感情ほど不思議な恐ろしいものもない。
――○――
短かい生涯であった妹は何一つとしてかたみともなるべきものを残して行かなかった。私には只「思い出」ばかりを置いて行って呉れた。
うれしくもかなしい事である。
亡くなる少し前に鳩ぽっぽの歌を覚え初めた。
[#ここから1字下げ]
鳩ぽっぽ鳩ぽっぽ ぽおっぽぽおっぽと飛んで来い
お寺の屋根から下りて来い
[#ここで字下げ終わり]
そこまで一人で歌ったけれ共、あとを教えて居るうちに逝ってしまった。
そこまで歌って、フッと行きづまって、
「華子忘れちゃった」と云って私に抱きついて居た小さい掌が私の胸を段々と〆めつけて行った心持を今は只思い出すばっかりである。
父が京都の方から首人形を買って来て呉れたのをたった一つ「おちご」に結ったのをやった。紫の甲斐絹の着物をきせて大切にして居たけれ共時の立つままに忘れてどこへかなげやられて仕舞った。
どんなによごれてもそれでも見つかったらせめてかたみとも思おうもの、どこの隅にも忘られた首人形は見つからない。その持主と一緒に此世から消えたので有ろうか。
顔が真黒に鼻が欠けた可愛そうな首人形はどこに居るんだろう。
出て来て呉れる気はないかい。
彼の若死にをした妹のおかたみになってくれる気はないかい。
何か戸棚を見つけものをしたり、古い箱を開けたりする毎に小さい情ないおかたみの見つかる事を希って居る。
口が自由に動かないで「ほおずき」が鳴らせないで居た彼の妹は赤いゴムの「ほおずき」を只しゃぶって居た。今私は豆や「なす」やのほおずきを気ままに鳴らして居るにつけせめてほおずき位ならせたらと思って居る。悲しみがどこか心のそこに巣喰うて居ると何か事があるたびにそれが動き出して来る。
私のを縫いなおしたんで赤い縮緬の綿入が今日フト箪笥の中に見えた。
今年のお正月には間に会わなかったから来年はきっときせてやると云って居た
前へ
次へ
全18ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング