ら、ずんずん先へ立って砂浜へ出て行った。
 遠浅ののんびりした沖に帆かけ船が数艘出ている。それ等は殆ど動かず水平線上に並んでいた。
「静かな海だなあ」
「……もっと波の高い海岸の方が勇ましくてようござんすね」
「然し、こりゃいかにも潮干によさそうなところですな。――その辺掘ったら蜆《しじみ》がいるんじゃないですか」
「どれ――ちょっと拝借」
 藍子は、脱いだ帽子をかぶせて突いていた尾世川のステッキで、波打際の砂を掘りかえした。
「こんなところ……誰かとっちゃっただろうな」
 下駄と足袋をぬぎすて、藍子は踝《くるぶし》とひたひたのところまで入って行った。
「一つもとれないなんて癪《しゃく》だ……やっとこら! と」
 勝気らしくステッキをぐっと倒して深く砂を掘り起した拍子に、力が余り、ステッキの先で強く海水を叩きつけた。飛沫が容赦なく藍子のかがんでいる顔や前髪にかかった。
「はっはっはっ、こりゃ愉快だ」
「生意気にこんな海でも塩っからい」
 手の甲で頬っぺたを拭き、後毛を風に吹かせながら藍子は笑い笑い戻って来た。
「道具がなけりゃ駄目ですよ。あ、あります、あります、ほらあの茶屋に札が出てい
前へ 次へ
全26ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング