、旅行案内で藍子も見たが、乗換の工合がわるくて駄目なのだ。いっそ、次の列車で銚子まで行ってやろうか。切符を買いかけ、然しと思うと、それも余りいい思いつきとは思われず……癖で、左の人さし指で鼻の横をたたきながらぐずぐずしているうちに、藍子は立花に小さんがかかっているのを思い出した。彼女は、兎に角それをきいて、今夜は一旦家へかえることにしバスケットを一時預けにして、両国橋を渡った。
翌日の午後、藍子はぶらりと尾世川を訪ねた。尾世川は昨日稽古をすっぽかしたことを頻りに弁解し、
「どうです、よかったらこれから少し埋め合わせしましょうか」
と云った。
「さあ……私両国へ行かなくちゃならないから」
「何か御用ですか」
「バスケットが駅に預けてあるんです」
藍子は簡単に昨夕の出来ごとを話し、
「どうも一足でも東京を出ないうちは、虫が納まらないらしい」
と苦笑した。
「いや、いい気候ですからな、誰だって遊びたいですよ。まして貴女は旅行好きだから」
去年の、やはり五月、藍子が五日程行っていた赤城の話をしているうちに、尾世川まで段々乗気な顔つきになって来た。
「何だかどうも私の尻までむずついて来た。
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