られる姿を全くひとごとならず感じた。
 それは、青葉の美しくなりはじめた季節で、病室からの広闊な谷間の眺めは極めて印象的であった。孝子夫人はそのとき、布団の上に坐って、燦とした緑色の外景に目をやりながら、もう数年の間病床についている妻として、御良人の生活に対する微妙な思いやりを語られた。病む妻としての苦痛や良人への同情、苦慮が溢れていて、相談のかたちで語られたそれらの言葉は私を感動させた。
 女であってみれば、孝子夫人の苦衷は十分思いやられた。御良人の語られない不如意の大さも、諒察された。けれども、私たち女が、或るひとの妻として生きることと、そして、或る人が、一人の女の生涯を妻としてわが生涯に織りあわせて生きる互の結ばれの深さは、はじめから便利、不便利を超えたことと思われる。妻の患いによっておこるさけがたい多くの不如意、それによって良人が時々挫がれそうに見えても、やはり猶もちこたえて正々堂々とその不如意に耐えようとしている心の態度こそ、妻から真直に応えられ尊敬されるべきものであり、夫婦の生活の礎と思われた。
 私なりの考えかたかもしれないが、そこを、卑俗に先走って、便宜的にすりぬけたと
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