鳩は思いがけない歓びで、
「クックウ、クックウ」
と喉を鳴らした。そこには妻が自分を見ていたのであった。
「クックウー、ゴロッホー、ゴロッホー」
 溢れ噎《むせ》ぶ思いで、雄鳩は雌に挨拶した。雌は彼のする通り、熱した目で凝《じ》っと彼を見た。美しく頸をふくらませて喉を鳴らした。嘴と嘴とがさわるのに、愛らしい妻は何故来ないのだろう。此方へ何故来ないのであろう。疑問で雄鳩の心は狂いそうになった。彼は小屋の中へ急いで駈け込んだ。天井に頭を打ちつけながら額の裏を探した。雌はいなかった。しかも、土間のその小屋の中へ舞い降りると、そこには紛れないもう一つの鳩がいるのであった。雄鳩は恐れを忘れ切なく嘴でもう一つの鳩の嘴をつきながら鳴いた。

 人は鏡を仕舞ったが、雄鳩は計らず見たもう一つの鳩を忘れなかった。彼はそれを自分の妻だと深く信じたのであった。雄鳩は今日も明日も根気よく家の中を翔び廻って再び見失った雌を探した。多くの黎明と夕暮が過ぎた。初冬が来た。昼間と夜とがいきなり続くほど暮れ方が短くなった。
 そういう一つの遽《あわただ》しい夕方、雄鳩は独り家に入った。人気なく、部屋への障子が開け放されて
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング