迫る時、雄鳩は急な淋しさを覚えた。彼は畑や、硝子《ガラス》をキラキラ夕栄えさせる温室の陰やらを気ぜわしく鳴きながら歩き廻った。
「ゴロッホーゴロッホー」
彼は雌を熱心にさがし求めた。水蓮が枯れて泥ばかりの水鉢の奥から、霜よけの藁《わら》まで嘴で突いた。彼は深い孤独の悲しみと恋しさに燃えながら猶あらゆる鳴きようで妻を呼んだ。次第に夕闇が濃くなると、彼は鳴きつつ小屋に一人入った。さがし疲れて、雄鳩は幾百の夜の思い出の中に眠った。が、眠りづらく、彼は屡々《しばしば》目がさめた。夢中で優しく体をすりよせたが、そこに雌はいず小屋の荒い羽目があった。
雄鳩は愕《おどろ》いて鳴いた。雄鳩の淋しげなのを見て、人が鏡を小屋の横にたてかけた。午後で、彼は麦の入っている戸棚の開く音をききつけた。土間に撒かれた麦を啄《ついば》んで行くうちに、雄鳩は愕然として覚えず烈しく翼で地面を搏《たた》きながら低く数尺翔んだ。今いたのは何物であろう。啄むうちに、また雄鳩は怪しいものが目を掠め去ったのを感じた。恐怖と好奇心が彼の内に生じた。雄鳩は麦粒を拾うことを忘れた。用心深く遠くから彼はそこを幾度も通りすぎて見た。雄
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