眠ろうとするのであった。
夜中に、雄鳩は不図異様な感じを以て目を醒した。雌は棲り木で彼の隣りにいなかった。下におりている。カサカサ羽づくろいをする軽い懐しい音がそこからした。その時、小屋の棧《さん》の隙間をとおして鋭い電燈の光が射し込んだ。雄鳩は雌の白い姿を認めた。棲り木から首をのばし彼はそっと嘴《くちばし》で何故か自分の側にいぬ妻を突ついた。再びカサカサ身じろぎをし、雌は、
「クククウウウウウウ」
とゆるやかに啼《な》いた。四辺《あたり》の秋の夜の通りその声は情がこもっていた。雄鳩は悲しさと恋心の混り合った感情に揺られ、猶も自分の傍に来させようと、コツコツ・コツコツ嘴で棲り木をたたいた。時々羽毛の触る微かなカサカサいう音がするだけで、雌は終に彼の傍に戻って来なかった。
黎明が鳩の目を明るくした。雄鳩は大きな悲しみを見出し、鳴きながら脚を高くあげその辺を歩き廻った。夜のうちに雌は死んだ。
雄鳩は雌の死んだことを忘れた。昼間、太陽が野天に輝やいて、遠くの森が常緑の梢で彼を誘惑する時、雄鳩は白い矢のように勇ましく其方へ翔《と》んだ。けれども夕方が地球の円みを這い上って彼の本能に
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