白い翼
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)櫟《くぬぎ》
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或る夕方、雄鳩が先に小屋へ入った。片隅へ遠慮ぶかく落付きながら彼は雌を呼んだ。雌が来た。入口で一寸首を傾け内部を覗いてから棲り木に移った。彼等は両方からより添って互の体を軟く押しつけ合った。
外はまだ明るかった。特に西空はたっぷり夕陽の名残が輝いて、ひらいた地平線の彼方に乾草小屋のような一つの家屋の屋根と、断《き》れ断《ぎ》れな重い雲の縁とを照し出していた。櫟《くぬぎ》の金茶色の並木は暖い反射を燦かしたが、下の小さい流れの水はもう眠く薄らつめたく鈍った。野末の彼方此方から、人間が労働を終ろうとする轍《わだち》の音や家畜の唸り声が微かな夕靄《ゆうもや》とともに聞えた。
ここは、然し静かで、居心地よくて極く早い夜の和らぎが満ちている。雄鳩は不安なき眠りの悦びを感じながら優しく、
「クウウウウウ」
と喉を鳴らした。雌は繊《ほそ》い脚をあげ耳のわきをしとやかに掻いた。そして、一層ぴったり雄のそばによった。二羽の雛鳩であった時からこのように頭をくっつけ合って幾百の夜を眠った、その眠りを
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