って大丈夫と云う意味を示し、一寸経ってから、
「何でもない……少々過敏になっているもんだから」
と云って咳払いをした。言葉に出すのがいやでなほ子はそう云ったのであったが、本当は訳があった。総子の顔を見ているうちに、なほ子は或る夢を思い出した。それは、歯の抜け落ちる夢であった。何かしていると、上歯がみんな一時に生えている順にずり抜けた。おどろき悲しみ、手で押えるがザクザク口一杯になってどうしようもなく、その堅い歯がザクザク口一杯にひろがった時厭な、絶望的な感じが醒めて後まではっきり残った。同じ夢を一度ならず見た。なほ子は迷信家ではなかったが、今突然その心持が甦って来ると、神経の平静が保てなかったのであった。
風呂を浴び、自分の部屋へ行くと、寝台の上に新らしい白い蚊帳《かや》が吊ってあった。天井から吊るす丸い蚊帳であった。爽やかさから慰安を感じ横わったが、なほ子は容易に眠れなかった。心を張りつめる不安を追って行くと、不安は暗《やみ》の裡で無限に拡り、なほ子の心を震わす程強かった。これは夢中な心配だ、夢中な心配だ。なほ子は心配で強ばりながらそう思った。生活態度について互の意見が違い衝突する
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