をしているなほ子までおのずとその気合に引き入れられる程、巧に、真面目にやった。気のない見物を当てにせず、芸当を自分でやってその出来栄えを楽しんでいるような風があった。その男の黒紋付は、毎日埃を浴びて歩くので裾のところの色が変っている。雪の深い地方らしい板屋根の軒を掠めて水芸道具の朱総がちらちらしたり、太鼓叩きには紫色の着流し男がいたりするのが、荒涼とした温泉町に春らしい色彩であった。
 なほ子は、すっかり道具をしまった小車を引いて彼等がそこを立ち去るまで見ていた。
「あんなにやって、いくら位貰ったのかしら……一円ぐらい?」
 詮吉は座敷の長火鉢の前に中腰になったきり、
「さあ、この辺じゃ一円は出すまい、よくて五十銭だろう」
 口を利きながら、彼は持っている半紙大の紙へ頻りに筆を動かした。
「なあに」
「――ふむ」
 やがて、
「どう? 一寸似ているだろう」
 彼が持って来たのを見ると、それは大神楽に見とれていたなほ子のスケッチであった。横を向いている頬ぺたのところや、爪先に引っかかったスリッパの尻尾が垂れ下っているところなど、なほ子は自分の感じをはっきり感じた。
「こんなに描けるの? 
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