てい、ここいらの五倍六倍ではきかない。
先ず、沖の方から、黒い方な波のうねりが段々こっちにせまって来ると思う間もなく、グーンと空高くはねあがる。
それと同時に、私の身丈の倍でもきかない様な、濃い、黒藍の、すき透る様な、すごく光る屏風が、上《う》えの方に白い線をのせて目の前に立つと、その上の方が、段々と下を向いて来て、終に、砂の上にひどい音と共にめちゃめちゃに砕ける。
その凄い屏風が段々くずれかかって来る時の気持と云ったら、何と云おうか、その恐ろしさと云ったらしらずしらずの間に手を握りつめて居るほどである。
海の面は、此処の様に、晴《あか》るい色ではなく、まるで黒い様な色をいつでもして居る。
目をさえぎるものとしては何にもない。
大島や伊豆に通う蒸気船の、ボボー、ボボッボーと云うめ入《い》る様な汽笛がその黒い波面を渡って来る。
酒匂《さかわ》河の蛇籠《じゃかご》に入れる石をひろいに来て居る老人だの小供だのの影が、ポツリポツリと見える。
病人でもなくて、遊びに来るものはめったにない。
それだけ静かである。
自然で、俗気のみじんもない、どうとも云われずどっしりと人にせまっ
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング