掌もひところのように赤ん坊が生れたからと云って退くひとがなくなって来た。堂々子供をつれて職場にねばるようになって来た。
××終点の引かえし線の安全地帯に立っていたら、すぐうしろで、
「ストライキ見に来たよ」
と太い男の声がした。ふりかえって見ると、銀モールの太い紐をかけた潰し島田に白博多の帯をしめた浴衣姿の芸者がいて、男はその芸者屋の主人という風体である。絞りの筒っぽで、縮緬の兵児帯を尻の先にグルグル巻きにしている。
「ストライキをやってるってえから……電車動いてるじゃないか」
その芸者は黙って、安全地帯の上から珍しそうに通って行くバスの中をのぞき込み「お父さん」何とかと、云っている。
「車庫へ行って見よう」
やがて五十がらみの男はそう云って歩き出したが、芸者はそれについて二三歩あるいたきり、安全地帯からはなれず、頻りに四辺を見まわしている。
終点のまわりには、何ということなし、街の様子を見物に出ている子供づれの女や男が、安全地帯のところではなく、洋服屋の既成品のぶら下ったしたあたりに佇んでこっちを見ている。
六時すこしまわった刻限で、その場末の終点の光景は一種特別であった
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