が、その人をばかにした呼び出しを突っぱねることの出来た者は、果して何割あったろうか。私は、シャツ一枚の運転手や長い脛を力一杯踏ばっても猶よろよろしながら片手で大切そうに鞄を押える俄車掌の姿を、憐憫と憤怒のまじりあった感情で見つめるのであった。
私のその視線が、揺れながら進行するバスの中で一つのものに止った。ステップに近いところに、客から受取った切符をいれるためのニッケル色の小判型の箱がついている。そこに、くっきりした字で285大浦と書いた紙がはりつけられている。きのうまで、この車には大浦何とかいう婦人車掌が乗組み、たとえばさっきのような角へ来た時は敏捷な動作で手を出しながら「左オーライ!」と呼んでいたのだ。自分の車をすて、自分の名の書いてあるニッケル色の光った箱をすて、彼女は仲間と一緒に合宿へ籠城している。紺のスカートを勢よくひろげて車座に坐り、熱心に報告をきいたり、歌をうたったり、またはほころびを縫ったりしている婦人車掌たちの様子が、私にはまざまざと見える。今度の整理案ではバスの婦人車掌、月収四十八円のところを、三十八円に減らされることになっているのである。
この頃では、バスの車
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