をかぶった四十男が運転台にいる。見馴れぬ妙な眺めだ。
 坂の下り口にかかると、非常に速力をゆるめ、いかにも、曲り角などの様子を気遣う工合でそのバスが行ってしまうと、いれ違いに、一台下から登って来た。
 停留場を通りすぎそうなので、私はいそいでかけ出しながら片手をあげ、腰かけてから見ると、運転手は白縮のシャツに黄ズボン姿。車掌は背広のひどく背の高い若い男で、灰色っぽいソフト帽をかぶっている。これにも、さっきむこうへ行ったのにも白い警官[#「警官」に×傍点]が顎紐をおろしてのりこんでいるのであった。
「――東京駅まで……二枚でしょう?」
 黒い書類入れを側において、年とった男が回数券を出してきろうとすると、
「今日は一枚です……のりかえなければ五銭均一ですから」
 俄車掌は、動揺のためのめるまいと長い両脛でうんと踏張り、自分の尖った鼻を腰かけている相手の帽子の下へ突っこみそうに背をかがめ、間のびのした形で腰にぶら下っている鞄の中から釣銭をさがし出す。よほど緊張していると見え、その車掌は客に切符をうる段になると、目ばたきをやめ口をあいて、その仕事に従事するのであった。
 三つまたの大通へかか
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