焼かれた。翌る朝、鼻をつくやけあとの匂いとまだ低く立ちこめている煙の間に、思いがけず鴎外の大理石胸像がのこっていた。ぐるりに迫る火のほてりの熱さを生きた体そのまま耐えがたく思いやって、家の人々が逃げるその際にかぶせたらしいバケツを、その大理石像はかぶっていた。バケツをかぶらされてそこの焼あとにのこっている大理石の鴎外は、通りすがった私の胸に刻みこまれた。
時を経た今、その焼あとは清潔なおかぼの畑になっている。夏の頃日に日に伸びるそのおかぼ畑の中で、大理石の鴎外は無帽の髪に夜つゆをうけていた。住む二階を観潮楼と名づけた、その家と庭との工合からも、勢よく上にはねた髭をつけた鴎外の顔は、果もない下町の廃跡に向って立っている。きっと、頼んだひとのこのみであったのだろう。書斎の鴎外ではなくて、おそらくは軍医総監としての鴎外が、襟の高い軍服をきっちりつけた胸をはり、マントウの肩を片方はずした欧州貴族風の颯爽さで彫られている。立派な鴎外には相異なく眺められた。けれども、私はやっぱりそういう堂々さの面でだけ不動化されている鴎外を気の毒に感じた。「雁」や、日露戦争時代の百首の和歌、「阿部一族」その他の
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