かし、私は弱音を吐くことは許されない。
「ここへ来るとたれかにいったの?」
「いいえ、こっそり畑から来ました」
「――何にもありはしまいが、じゃあこちらで泊っていらっしゃい」
 十六の女中は、背後《うしろ》を見い見い、
「おらあ……雨戸しめべえかしら」
とにじり出た。
「ほんにやんだこと……出刃なんか磨ぐた何だんべえ」
 祖母が、下を向き、変に喉にからんだようなせき払いをしながら強く煙管を炉ぶち[#「ぶち」に傍点]でたたく音が、さびしい夜陰に響いた。
 十二時過て、私はいつも通り一人奥に寝た。祖母と八十二のおばあさんは廊下越しに離れた仏間に、逃げて来た母子は女中と茶の間に。家には平穏な寝息、戸外には夜露にぬれた耕地、光の霧のような月光、蛙の声がある。――眠りつかないうちに、「かすかに風が出て来たらしいな」私は、雨戸に何か触るカサカサという音を聞いた。「そう風だ、風以外の何であろうはずはないではないか、そして、あの雨どいの下にシュロが生えている、シュロの葉は大きく強く広がっていたのを私は昼間見たではないか」
 私は……確《しっか》り眼と耳をつぶって寝返りを打った。
「しかし」
 いつか、
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