《しゅす》足袋の足を片組みにして、
「女ばっかりだって、そうそうつけ上って貰っちゃこっちの口が干上るからね。――のかれないというんなら、のけるようにしてのかす。洋服なんぞ着た女に、ろくなのはありゃしねえ」
 いかつい口を利きながら、眼は好色らしく光らせた。スカートと柔かいジャケツの上から割烹着《かっぽうぎ》をつけ、そこに膝ついているひろ子の体や、あっち向で何かしているタミノの無頓着な後つきをじろり、じろり眺めて、ねばって行った。いやがらせでも始めたか。畜生! という気もあって、ひろ子は六畳の小窓を急に荒っぽくあけて外を見おろした。
 夜露に濡れたトタンが月に照らされている、平らに沈んだその光のひろがりが、ひろ子の目をとらえた。見えないところで既に高く高くのぼっている月の隈《くま》ない光は、夜霧にこめられたむこうの原ッぱの先まで水っぽく細かく燦《きら》めかせ、その煙るような軽い遠景をつい目の先に澱《よど》ませて、こわれた竹垣の端に歪んで立っている街燈が、その下に転《こ》ろがっている太い土管をボンヤリと照し出している。夜霧にとけまじった月光と、赤黄く濁った電燈の色とは、そこで陰気な影を錯雑
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