に馴染《なじ》むことの出来ないところがあって、ひろ子に一種の苦しい気分を起させるのであった。臼井の云うことにはちぐはぐなこともあった。
或る席で、ひろ子が臼井に対してもっている否定的な印象を述べた時も、大谷は例によって目を盛にしばたたき、口を尖らすようにして、あぐらをかいた膝の前でバットの空箱を細かく裂きながら注意ぶかく傾聴はしたが、決定的な意見は云わなかった。最後に頭を上げ、
「――調査する必要はあるね」
と云った。市電のことが起ってから、大谷は応援活動の方面での責任者となり、忙しさにまぎれて調査もおそらくそのままなのだろう。臼井のことを云うひろ子と大谷との心持の間には、それだけのたたまって来ているものがあるのであった。
大谷は、土間に落した吸い殼を穿《は》き減らした下駄のうしろで踏み消しながら、
「――じゃ頼みました、八時に、山岸、ね」
「…………」
ひろ子は、片腕を高く頭の上へまわして、左手でその手の先を引ぱるような困惑の表情をした。
「子供のものもらい[#「ものもらい」に傍点]のことがあるし――、弱ったわ、本当に」
「ん――。ひる前ですむよ。それからだっていいだろう? もし何なら夜だっていいさ、診療所はどうせ十時までだもの」
ひろ子は、そういうやりかたでなく、もっと親たちの心持にも響いてゆくように、託児所の手不足からひろがったものもらい[#「ものもらい」に傍点]の始末をしたいのであった。夕方、迎えに立ちよるおっかさんの顔を見るなり、
「おっかちゃん! 六坊、きょう先生んとこへ行ったよ、目洗ったんだよ! ちっとも痛くなんかないや!」
ぴんつくしながら子供の口からきかされれば、同じことながら母親たちが感じるあたたかみはどんなに違うだろう。
沢崎がつかまえられているからばかりでなく、特に今そういう心くばりは母親たちの託児所に対する気持の傾きに対しても大切だ。ひろ子にはその必要が見えていた。大谷がいそがしい活動の間で、そこへ迄気がつかないのは無理ないし、大体、今度の応援につれて託児所として起って来ている毎日の様々の困難は、個人的な立話で解決されることでもないのであった。
「じゃ、とにかく何とかしますから」
ひろ子は、やがて両手を膝に突ぱるようにしてゆっくり立ち上りながら云った。
「――今頃ふらふらして、あなた、大丈夫かしら」
「マアいいだろう、第三日曜
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