角いようにして、袖子の手をひっぱって大股に歩きながら、
「きっと、藤井のごろつきの仕業だ。――ぐるんなってやがるんだもの、何をするかしれたもんじゃない」
 酔っぱらいなどの気まぐれな所業でないことは、明らかであった。
「ポンプのことだって、スパイの奴がたきつけてるにきまってるんだもの」
 おとといの朝、臨時に託児所を手伝いに来ている女子大出の小倉とき子が、井戸端でおしめの洗濯をしていた。水を流す音がしたと思うと、土管屋の台所口のガラス戸が開いた。すると、主人の政助が顔を出し、
「あんまり方図なくつかわれちゃこまりますよ。井戸をつかうのは、そっち一軒じゃねえんだからね、勝手に自分の方でばっかりつかわれちゃ、こっちじゃ、ゆっくりおまんまをとぐひまもありゃしねえ」
と云っている声がした。
「どうもすみません」
 洗い上げたおしめをもって物干竿へまわる時、とき子は四畳半にいたひろ子と窓越しに顔を見合わせ、荒々しい扱いに不馴れなものの、訴える表情を浮べて笑った。ひろ子にはとき子の心の状態がよくわかり、却って、何も云わなかった。
 ひろ子は考えにとらわれた顔つきで、先へ家へ上った。
「さて、と。御苦労様、どうだった?」
 タミノは、とんび足に坐ったスカートのポケットからハトロン紙の小袋を出し、一つ一つふるって白銅三枚と銅貨を十一二枚畳へあけた。
「依田の小母さん、二度目なんでねえって、渋ってた。これっきりか!」
 市電争議の基金を託児所でもあつめるために袋がまわしてあった。
「直接のことじゃないから、何てったってちがうねえ。本当に勝つかどうか分りもしないのに、弾圧くうだけ馬鹿らしいっていうところもあるらしいね」
 市電の従業員の中には、労農救援会の班がいくつか出来ていた。蛇窪が赤坊寝台を買う必要に迫られた時、柳島では班が中心になってその基金を集めた。その金で今ある三つの籐の寝台が備えつけられたのであった。藤田工業、井上|製鞣《せいじゅう》、鍾馗《しょうき》タビ、向上印刷などへ出ているここの父さん母さん連は、そういうことから市電の連中と結ばれた。隣り同士の義理堅さというようなところもあって、一回の基金募集の時は三円近く集った。然し、おッ母さん連は、自分達が出ているそれぞれの職場で市電従業員のために基金を集めるというような活動をすることは概して進まず、綱やのお花さんが、消費組合の即
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