、よく寄席の話をきいたそうだ。専攻は人も知るとおりイギリス文学であった。それらの影響もあってか、漱石の文章は、主題の論理的な追求にかかわらず、一種のゆるやかに流れる話術をもっている。この講演にもその特色があらわれていて、構成のない漫談風に話がすすめられているが、テーマは、今日にも及ぶ重大な意味をもっている。漱石は、学習院という特別な学校の性質をはっきり認識し話している。自分では、その特殊性をあまり意識しないで育てられている少年・青年に向って、社会的な人間として、どのような人間形成がめざされてゆくべきか、という点を語っている。
 凡そ二時間もかかったろうと思えるその講演の骨子として、漱石は権力と金力とに対する人間性の主張を説いている。いわゆる名門の子弟を教育する学習院は、そのころから伝統的な貴族や学者の子弟ばかりでなく金力であがなった爵位で貴族生活の模倣をたのしむものの子供や多額納税という条件で入学の可能な家庭の子供もふくんでいたのであったから、漱石の権力・金力と人間性の講演には深い意味があった。
 そののち、権力・金力そして人間性の課題を、その人の生きた時代の精神と肉体の全力で解こうと
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