日本の青春
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)えせ[#「えせ」に傍点]の貴族趣味とを
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漱石全集第十三巻のなかほどに「私の個人主義」という漱石の講演速記が収められている。大正三年と云えば、いまから三十六年もの昔、十一月のある日漱石が輔仁会で講演をした。その話の全文である。
「私の個人主義」という講題の古めかしさも、そのころの日本の思想のありかたを示している。吉野作造がデモクラシーを唱え、文学ではホイットマンの「草の葉」などが注目されはじめていた時代であった。夏目漱石という一人のすぐれた明治の文学者は、経済事情も文化の条件もおくれている日本の現実のなかに生きて、日本の社会と自身とのうちにある封建的なものとたたかいつつ、そのようにたたかう西欧的な理性といわゆる東洋的な自身の教養やテムペラメントとの間に生じる矛盾の谷をさまよいながら「明暗」の半ばでその生涯を終った。「私の個人主義」の中には、そのような漱石のヒューマニスティックな面と、その表現の歴史性が鋭く閃いている。
江戸っ子である漱石は、若いころ
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