日記
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)胡坐《あぐら》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三五年三月〕
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ある夜
細長い土間のところへ入って右手を見ると、そこがもう座敷で、うしろの壁いっぱいに箪笥がはめこんである。一風変った古風な箪笥で、よく定斎屋がカッタ・カッタ環を鳴らして町を担いで歩いた、ああいう箪笥で、田舎くさく赤っぽい電燈の光に照らされ、引手のところの大きい円い金具が目立っている。郵便局の家であった。
目立つ箪笥を背にして、ずらりと数人の男が並んで坐っている。きちんと膝をそろえて坐っている一人一人の男の前に黒塗の足高膳が出ている。誰も喋っていず、食べてもいない。ただそうやって顔をこちらに向け並んでいる。知った顔は一つもない。
私は黙って土間から上った。並んでいる男の人達とは鍵のてになった四角い座敷の方に宮本がいる。わたしはそちらへ行った。こちらには膳が出ていない。新聞のようなものが畳の上に無雑作に出しぱなしになっていて、其処にいるだけの人々は一つの安心した気分で結ばれている。その気配が私にも感じられて、ゆとりのあるいい心持がした。
髪の毛や肩の上へ、箪笥を照していると同じ赤っぽい電燈の光を受けながら、和服で胡坐《あぐら》をかいた宮本が、そこにあった紙型をとりあげて私にその拵えかたを説明した。紙がしめっているうちに細かくたたいて字を出すんだと云うようなことを話し、話しながら自分も表をかえし、裏を返し、紙型を眺めている。その様子を私がある感情をもって眺めている。
やがて宮本が楽しそうに体を伸してそこへ横になった。一寸経って私もそのそばへ横になった。膳を控えて並んでいる男の人達はやはりそこに膝を並べていて、今は顔を動かし何か話している。言葉はききとれないが、その話は何かそっちだけの話だということが分り、こちらはこちらで横になり、全くこだわりなく、自然である。独特にゆったりとして息つくのにらくな雰囲気を深く感じながら私は目をつぶっていたようだ。
夢がさめると一緒に私は眼をあけて、びっくりしたように自分のまわりを見まわした。今に起きて仕事をしようと思って点けっぱなしにして置いたスタンドの緑色が動かず静かに枕元に灯っている。
夢の中で或る間隔を置いて並ん
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