で横になっていた私に感じられていた宮本の体の量感が、さめてのちもはっきりと私の横に残っている。深夜の天井を大きく見ひらいた目で眺めながら、私はその感じに沈んで寝ているのであったが、次第に強く感情を動かして来るものを心の中に感じ、私は大きく寝がえりをうち、暫くして起き出した。
面会に行ったとき、面会所の窓の切り穴から看守につきそわれ編笠を足もとにおいてあらわれる宮本の現実の姿は、頭をクルクル刈りにして着ぶくれ、背が低くなったように見えるのである。
鶯
一月末のある夜明けがた起きて仕事をしているうちに、いつか外は朝になった。
前の井戸ばたでポンプの音がきこえ、子供の声が微かにした。雨戸をしめたままでなお書いていたら、どこかでホーホケキョ、ケキョとふっくりした鶯の鳴音がした。私は覚えず耳を欹《そばだ》てた。余りつづけては鳴かず、その一声きりであったが、その声は、私に或るいくつかの特殊な朝を思い出させた。
警察の裏にあるコンクリートの建物の中の一室で、〔十二字伏字〕布団を敷き、〔十三字伏字〕毛布を〔四字伏字〕かけ、一人の色情狂を混えて三人の女が寝ていた。五時になると起き出すのであったが、〔七字伏字〕向いあった側に〔二字伏字〕、そこは男ばかり〔九字伏字〕が並んでいる。男等は〔六字伏字〕十八人から二十三四人も〔五字伏字〕いたから誰も〔十七字伏字〕。高いところの金網ばりの窓に朝の清げな光があるが、其〔三字伏字〕の内は〔七字伏字〕人いきれと影とでどす暗く澱んで、〔二十三字伏字〕蒼い髪の伸びた男の顔と体とが〔五字伏字〕見えるのである。
女の方は幾分明るく、〔九字伏字〕、〔十五字伏字〕あったが、朝のその刻限には、毎日きまってホーホケキョ、ケキョケキョと明晰な丸い響で高い窓から鶯の声が落ちて来るのであった。鶯の音のする方からは、夕方揚げものをする油の芳ばしい匂いも流れて来た。その匂いを深く鼻の穴に吸いこんで嗅ぐと、半歳近く湯にいれられぬ皮膚が、ほのかにうるおい、食慾も出るように感じるのであった。
商売
帳簿を立て並べた長い台に向って、土間に、白キャラコの覆いのよごれた粗末な腰かけが三四脚おいてある。薄禿げで、口のまわりに大きい皺のある小柄な主人が縞の着物に黒ラシャ前垂をかけ、台に坐り筆で何か書いている。主人の背後には、差入れをたのまれた書籍類が数冊ずつ細い
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