置かない。心から心へと響いて来るのだ。
自分は、自分の愛する者を一人をも、真に幸福に仕てやる力は持たないのだ。小さい、小さい箇人の力――自分は彼を思うと、陽気に自分の幸福を讚美したり、楽しさに有頂天に成っては居られない心持に成って来る。私が、何としても、自分が健康で、活気に満ちて、生活に対する意力を感じて居るのは事実である。その明快な自分を傍観する彼は、如何に私が幸福だからと云って、自分をも亦幸福にする事は出来ないのだ。
どんな心持で、私は、愛する者と偕《とも》に棲み、偕に仕事をする自分を見る事だろう。
愛する者よ、自分は又、自分の殆ど不可抗の無力を犇々《ひしひし》と感じられる。
四月二十八日午前二時[#「四月二十八日午前二時」は太字]
我が六畳の書斎にて記す。
(彼は静に隣室に眠って居る)
此の日は、自分に、一生の運命の或決定的な転向を暗示した時である。
人生観の裡に含まれた、多くの曖昧さ、其等は皆、所謂よい[#「よい」に傍点]家庭の習俗と、甘い、方便に安んじ得る妥協的な利己から来て居たものが、明かな光に照り出された。
自分が、彼との結婚を宣言した時、既に
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