rdsworth の to the を訳す。
三月三十一日(火曜)
脚本「胚胎」を脱稿。
「千世子」改題「テッポー虫」を書こうとも思って居る。
四月三日(金曜)
安積へ出発した。必[#「必」に「(ママ)」の注記]して嬉しい旅ではなかった。郡山のステーションから吹雪に皮膚を荒されるのをこらえて淋しい一本道を車にゆられて行った時私は逃亡者の様なわびしいひやっこい気持になった。
東京の暖ったかさと軽い気持をつくづくしたわしく思った。
四月六日(月曜)
ただ一本闇の中に淡く光って横わる里道から響くカチューシャの歌をきいた。
歌う人はこんな町ではだれだかすぐわかった。
東京の町なら私はただききすてにしただろう。
けれ共こうした山の中の様な村の家に来て居てたえず都の事を思って居た私の耳には常にもました感じをもって響いた。
雨戸をあけて遠のく足音につれてやがて余韻ばかりになるしずかな旋律の歌に耳をかたむけた。
四月七日(火曜)
東京に帰る。
四日ほどの旅の中に得た事を書き集めて、「旅へ出て」と名をつける。
四月八日(水曜)
学校がはじまる。
四月十五日(水曜)
私のスケッチをしたいと云う話が持ち上って居る。
まだ一度も会った事もなし又お敬ちゃんなんかの紹介でノコノコそんな所へ出かけて行く私でもない。
「人間なんてものは会わないで顔を想像してる時に大抵の時あばたっ面は思いませんからねえ。会って見たい人には会うもんじゃあありませんよ。きっとがっかりしますからねえ」
こんな事を私は云った。
四月二十日(月曜)
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〔摘要〕欠席
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四月二十一日(火曜)
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〔摘要〕欠席
[#ここで字下げ終わり]
四月二十二日(水曜)
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〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十三日(木曜)
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〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十四日(金曜)
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〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十五日(土曜)
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〔摘要〕出席
[#ここで字下げ終わり]
四月二十六日(日曜)晴
植物園へ行く。
沢山の美術家の卵に会う。
木の色と草が私に忘れ難い印象をあたえた。
黄金色の落葉の群の小路、若草の広野。私は都をはなれた気持がした。
鉄窓の中で人間の恋を真似てる猿を大きな万物の霊長と自任して居る人間達が愚かしい笑を持って見て居た。
四月二十七日(月曜)曇
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〔摘要〕学校欠席
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「千世子」の第二まで書く。
四月二十八日(火曜)
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〔摘要〕出席
[#ここで字下げ終わり]
お敬ちゃんが来る。
体のせいで頭が重い。何もしないでけしの絵なんかを書く。あしたっから一日一緒に居ましょうなどと云ったけれ共行われない事だと云う事を私は知って居る。
『文章世界』が来る。
四月二十九日(水曜)晴
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〔摘要〕出席
[#ここで字下げ終わり]
日誌当番。
訳物のつづきをしなければならない。今二つに心がわかれて居る。どっちかにまとめなければならない。
『日本外史』『真書太閤記』が来る。訳物はどうしたって十月までには原稿紙に書ける様にしなければならない。
四月三十日(木曜)晴
御母様が銀座へいらっしゃった。
私の先《せん》からほしいと思って居たポーの短篇集と『理想』を買って下さった。
思いがけなかったのでふだんより倍も倍もうれしかった。
五月一日(金曜)晴嵐
体格試験。
身丈は相変らずひくい。
どうせ頭でっかちに育ったんだからと思う。
夜加藤誠二の話が出る。
妹だと云って紹介した女を弟達は「夫婦かと思った」なんて云って笑った。
そんな事のわかる年になったと云う事が頼もしい裏面に痛ましい陰をもって居る。私は弟のどうぞあの、家鴨《あひる》の様な声を出して呉れない事をつくづくもねがう。
五月三日(日曜)晴
夜熱が八度出たので細井氏へ行く。
喉が悪いのだと云う。家へ帰って寝て居た。
下らない事で有りながら大変気にして涙なんか出た。
「時節柄」と云う事が私の心をなやます原因になって居る。
下らない一言でも聞く人の心が動いて居るとやたらに感じるものだ。
或る時は百の言葉が何の意味もなさない事がある。しかし時によると一
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