い、乞食でもそんななら少しは見いいんだろうと思った。
 借りた「イノック・アーデン」をよんだ、初めからおしまいまで涙の出そうな詩であった。長い間苦労して久しぶりで故郷にかえっても面と自分の妻子に会う事は出来てもしないでただ宿の主に言づけして死んで行ったイノックが、その立派な心と一緒によみおわってからは頬がつめたくなって居た。
 朝起きるとからかなりいろいろの刺げきをうけて居る私は、おひるっからになっても一寸した木の葉にも小虫にも思いやりが有った。
 花活に入れるんだからと云われてナヨナヨとした孔雀草に青く光るはさみをあてた時も自分の心にそむいてあべこべの方に走るような苦しい心持でいたわるようにそろっと十本ばかりをきった、まるで草にうらまれて居るような心持で……。
 私はこんなに急にふびんがる、心がどうして起ったのかと思われた、そしてひろいものをしたようにうれしかったけれどもこれも一日ごと、一時間ごとに変って動いて行く、二日とつづいて同じきもちのして居た事のない私の気持だと思うと又悲しいような気にもなった。
 私は花をきりピヤノにつやぶきんをかけ、ダンテの半身像をみがいて手を洗い、かおをあらって出まどのわきにクッションを敷いて坐って他人の事でもあるように
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「どうして私の心は一日ごとに一時間ごとにこう違うんだろう?」
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と考えた。うすい木の棚からシみ出るニスの香を鼻の奥でかぎながらどうしてもわからせてしまわなければならない、と思って考えてた。一時間、もそうやって居た、けども分らなかった。
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「自分のもので居ながらどうして自分で分らないんだろう」
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 私は自分がいかにも無智な草木よりも、五寸位ほかはなれて居ないもののように思われて来た。
「我ままで?」
「気まぐれで?」
「生意気で?」
 数々ならべたてて目ろくのようにしても私の心の深いところにひそんで居るものは「ウン」と合点してくれなかった。
「可哀そうな子だネーお前はー、自分の心が自分でわからないでサァ」泣きたいような心持でなげつけるように一人ごとを云った。そうして、未練らしくたち上った。目ぶたの内がわがあつくなって居た。
 それから重いものを抱いてるような心地で夜の来るのをまって居た。
 夜は一番、私のうれしいたのしみな時で
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