之進は早速帰国の仕度をした。そしてようよう汽車賃ほか遺らない中から、薬代を払おうとして、きっと浩が済ませたに違いない受取りを出されたとき、彼は思わずも溜息を吐《つ》いた。心のうちではどこまでも自分をいたわってくれる息子に対しての感謝で一杯になっていたが、彼の装い得る最大限の平然さをもって、「そうか」と云ったまま、さっさと受取を懐へ押し込んでしまった。翌朝彼は起きぬけに帰国の途に着いた。

        十二

 国へかえるとすぐ、孝之進はM家の金の談判を始めた。けれどもなかなか埒《らち》が明かない。東京の商業学校を卒業して来て、西洋風の机に向い、西洋風な帳面と字で、一家の経済を切りまわしている若い主婦を始め、主人まで、出来るだけ孝之進をはぐらかしにかかっているように見えた。主人は何ぞというと、「時世というものは面白いもんですね、何にしろあなたがこういう用事で家へ来なさるんだから……」と云った。これが孝之進の気にグッと触った。二三度はこの言葉を聞くと、そこそこに座を立ってしまったが、相手の策略がだんだん飲みこめると、孝之進もその手には乗らなかった。が、何にしろちょっとしたことまで東京の
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